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牛タンの日本における歴史というのは、仙台が発端といわれています。もちろんもっと大昔の狩猟民族のような時代には、鹿やイノシシを丸ごと全部食べていたのかもしれません。この前グリーンインフェルノというDVDを見たのですが、アフリカかどこかの未開部落の民族が、ジャングルの視察に来た人を食べてしまうというバリバリのR指定映画です。そんな未開人であっても、実際には人を食べるということまではしないかもしれませんが、狩りで採った動物の肉から内臓まで全部食べていたのでしょうね。そして毛皮は、衣服にすることもできますしね。

(参考:ダイエットに励んでいるのに、我慢できずに牛タンを…

ところで、第二次世界大戦で日本が敗戦した後というのは、マッカーサー率いるGHQの支配下にありました。従って、仙台でも関東地方に一番近い地域ということもあって、GHQが連日食堂などでは牛肉を食べたそうです。しかも、牛の舌や尻尾などは食べる習慣というのがないためか、全部廃棄処分にしていたそうです。ところが日本人といえば、戦後食べるものも十分ではないような時代でもあったので、GHQが食べない牛の舌や尻尾などをお下がりとして食べたというのが発端のようです。要するに、今でいえば食堂で働く人のまかない料理のようなものでしょうね。

その代り牛の舌というのは、味にクセのようなものがあるらしく一般客に食べてもらうようにするためには、味付けをしたり熟成させるなどの苦労があったようです。従って、本場仙台の牛タン料理店に行くと、牛タン定食なるものが当たり前のようにしてお店のメニューにあるようです。おまけに牛タン定食には、お味噌汁の代わりに牛のテールスープが付いてくるようなのです。余談にはなりますが、大塚愛というシンガーソングライターがいますが、何年か前に「黒毛和牛上塩タン焼680円」というユニークな歌を発表しました。もちろん牛タンの本場仙台とはいっても、牛タンは輸入牛になってしまうようですね。